第二章 交流

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 庭園を歩くうちに、るうはあることに気が付いた。庭園の木々が、風もないのに揺れている。まるで、枝先が手招きをしているようだった。

 それを言うと、瑞樹は「やっぱり、そうだよな」と頷いた。

「ただの庭園じゃないってことだな。さすが、総合魔法学園」

「……急に大きくなって襲ってきたりしないよね?」

 第一チェックポイントのトカゲを思い出して、るうは少し怯えた声を出した。

 周りの同級生たちは金魚を追いかけるのに夢中になっている。

「うーん、まあ今のところ、そんな感じはしないけど。あのトカゲは例外だし、大丈夫だと思うけどな」

 と、瑞樹はピタリと足を止めた。

「うっわ……なにあれ……」

「なあに?」

 瑞樹の視線の先にあったのは、赤、黒、白といった色が混じりあった丸い物体だった。よく見ると、その物体は金魚が寄り集まってできていた。

 その傍に立っていた男子生徒が、二人に気付いて、眉を下げたまま「やあ」と笑った。

「川上? なにやってんの?」

「俺もよく分かんない。お手上げだよ、もう」

 川上は、組んでいた腕を解いて、金魚の塊を示した。

「これ、何だと思う?」

 るうは金魚の一匹を捕まえようとしたが、すばやく逃げられてしまった。

「金魚がこんな風に集まってるなんてすごいね。りん君、餌でもあげたの?」

「餌はあげてないよ。そもそも、使い魔はものを食べないし。あげたのはまあ……人間かな」

「人間? どういうこと?」

 その途端、るうは短い悲鳴を上げた。腕を、誰かに力強く掴まれていた。なんとその手は、金魚の塊の中からにょっきりと伸びてきている。

 るうが後ずさると、それに引っ張られるように、手、腕、肩、と徐々に続きが現れていき、最後にるうの前に立っていたのは、川上のルームメイトである海森鈴之丞だった。

「す、すず君?」

「ああ……すまん。吹雪だったのか。間違えた」

 海森はるうを掴んでいた手を離すと、川上のほうを向いた。

「すまん、見つけられなかった」

「まあ、だろうね。これだけの金魚だからな」

 川上は肩をすくめた。

「使い魔に好かれるっていうのも、良し悪しってことだな。吹雪さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫……ちょっとびっくりしただけ」

 るうが海森を見上げると、その顔や肩に金魚たちがすり寄っているのが見えた。

「海森は『魔寄せ体質』なんだよ。周りにある魔力を引き付けてしまう。だから、使い魔に好かれるんだって」

「――『魔寄せ』? へえ!」

 瑞樹が、海森の肩を叩いた。

「噂には聞いてたけど、本物見たのは初めてだ。昔からそうなの?」

「ああ。じいちゃんが魔寄せだったらしくて。俺もその体質を受け継いでるらしい」

「ふうん、遺伝なのか。じゃ、海森の家って、代々魔法士の家系なの?」

 海森は、金魚に目の端をつつかれてくすぐったそうに目を細めた。

「いや、魔法士だったのはじいちゃんだけだ。……俺も、この体質じゃなきゃ、この学園には来なかっただろうな」

 海森が言い終えるか終えないかのうちに、虫取り網を持った高槻が嬉しそうな表情で駆けこんできた。

 網の中に捕まえた金魚を、川上と海森に見せて胸を張る。

「どうよ、これ。見本金魚と一緒じゃねえ?」

 川上が、自分の肩先に浮かんでいた見本の金魚と見比べて、苦笑した。

「高槻、違うよこれ。ひれの数が見本のより少ない」

「はあ? 嘘だろ! これ以上どうやって探せってんだよ」

 顔をしかめた高槻に、るうは言った。

「あのね、魔力を感知するといいんだって。みーちゃんが言ってたよ」

「感知ィ? 霧島が?」

 高槻は、疑惑に満ちた目で瑞樹を見た。丸太小屋の一件を忘れてはいないらしい。

 瑞樹が肩をぐるぐる回しながら前へ出た。

「じゃ、リベンジも兼ねて、いっちょ手本を見せてやりますか。――るう!」

「は、はい!」

「私たちの金魚、貸してくれ」

 るうは、見本の金魚を指先でそっと押して、瑞樹のほうに追いやった。

 ふわふわと胸の高さで浮かんでいる金魚と向き合い、瑞樹は目をつぶる。その足元に、弦が静かに座っていた。

「弦、行くぞ」

 ふ、と瑞樹が目を開けるのと同時に、弦の輪郭がゆるやかに波打ち、変化していった。るうが息をつめ、見つめている間にも、ぐにゃぐにゃと形が変わっていく。

 瑞樹が片手を振った。すると、ぐにゃぐにゃになった弦は、黒い風のようになって、庭園の中を駆け巡り始めた。

「みーちゃん?」

 瑞樹は答えなかった。空中の一点を見つめて微動だにしない。

「……るう、網持ってるよな?」

「うん。見つけたの?」

 瑞樹は視線を固定したまま、庭園のある一角を指さした。

「多分。向こうのほうから、見本のやつと同じ魔力を感じる。弦がいるはずだから、見てきてくれないか」

 自分の使い魔の制御に気を張っているのだろう、こわばった表情で、しかし瑞樹は片目をつぶってみせた。

 川上が感嘆の息をもらす。

「すごいな、今のが霧島さんの魔法なんだ。吹雪さん、俺もついて行っていい?」

 それから、海森と高槻を振り返って言った。

「悪い、俺、少し抜けていいか? あの使い魔をもっと見てみたい」

 海森はすぐに頷いたが、高槻は何か言いたげに顔を歪めた。

「……マジで、魔法使えたんだ」

 ぽつりと呟いた高槻の後ろ頭を、瑞樹がすかさずはたいた。

「魔法に集中している間は、私はここから動けない。その集中自体もあんまり長く続かないから、るう、あとは頼んだよ」

 るうはぎゅっと網の柄を握った。

「分かったよ、みーちゃん。急いで行ってくるね」

「おう、まかせた」

 るうが川上を見ると、川上はにこりと笑った。

「じゃ、行こうか」

「うん。……行こう!」

 るうたちは、瑞樹が指さした庭園の一角へ、進んでいった。

 

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