第二章 交流 

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「ちなみに――この庭園の植物は、魔窟から収穫されたものでしてね」

 

 るうと川上を見送った瑞樹たちに声がかかる。

 振り返ると、前原魔導師がにこにこと笑いながら立っていた。

「前原先生。何ですか、いきなり」

「いやいや、先ほどの使い魔、見事な魔法でしたよ。霧島さん」

「はあ、どうも」

「ですが、ちょっとまずかったかもしれませんねえ」

 瑞樹は魔法に集中していて動けない。代わって海森が尋ねた。

「先生……まずいって、何がですか」

「うん、それがね。ほら、来ましたよ」

 その言葉が終わらないうちに、地面が震え始めた。生徒たちの悲鳴が上がる。

 庭園の木々が生き物のように蠢いていた。

「じ、自律性植物型の――魔物だったのかよ!」

 高槻が叫んで、その場から飛び退く。

太い根が隆起し、生徒を捕えようとしていた。

「馬鹿、霧島! お前の魔法がこいつら起こしちまったんだよ!」

「嘘だろ……おっとお!」

 瑞樹の頭目掛けて枝が叩きつけられる。それを避けると、瑞樹は慌てて るうたちが行った方向に視線を向けた。

「るう!」

「今は自分のことを心配したほうがよろしいと思いますねえ。この植物たちは、一度目覚めたら核を攻撃しない限り大人しくなりませんよ」

 のんびりと話す前原魔導師。

使い魔の金魚がその周囲を固め、木々の暴挙から主を守っていた。

 るうの元に駆け出そうとした瑞樹だったが、木々が邪魔で進めない。逃げるのが精一杯だ。

 枝の一撃を避けた高槻が勢いよく瑞樹の横に滑り込んでくる。

「霧島、あの狼呼び戻せ!」

「でも、そしたらるうが……」

「川上がなんとかする! こいつらどうにかしないと、こっちがやべえぞ!」

 いつになく真剣な顔の高槻に、瑞樹は少し圧倒された。しかし、すぐに立て直す。

「ちょっとだけ頑張ってくれよ、るう……」

 右手の指を鳴らしたと同時に、使い魔の弦が瑞樹の前に出現した。

 

 

 るうの網が一匹の金魚を捕獲したときだった。

「やったよ、りん君! これで第二チェックポイントは通過だね」

「待って吹雪さん。何か、使い魔の様子がおかしい」

 川上が弦の前にしゃがみ込む。

弦はそわそわと鼻先を宙に向けていたが、突如、音もなく姿を消した。

「弦ちゃん? どうしたんだろう、みーちゃんのところに戻ったのかな?」

「多分そうだと思うけど、変だな……」

 と、川上は庭園の中心部を振り返り、目を見開いた。

 

 木々が動き出している。

 

 信じられない光景に絶句している僅かな瞬間、土を押しのけ這い出た木の根に片足を掴まれた。反射的に、隣にいた るうを突き飛ばす。

「きゃあ! やだ、何これ!」

「さがって、吹雪さん! 魔物だ!」

 突き飛ばされたお陰で捕まらずに済んだるうだったが、地面に倒れこんでしまう。

 ――第一チェックポイントのトカゲと同じだ。魔物を倒すには……。

「そうだ、照魔鏡!」

 がばっと体を起こす。

「あっ、でも、もう先生に返しちゃったんだった! ど、どうしよう」

 りん君を助けないと。

 駆け寄ろうとする るうを川上が制す。

「吹雪さん、後ろ! 避けて!」

「きゃああっ?!」

 今度はるうの背後から木の幹が倒れこんでくる。ばきばき、と枝が折れる音がした。

 るうはぎりぎりのところでそれを避けていた。幹が震え、再び動き出そうともがくような素振りを見せる。

 でも、武器がない。照魔鏡があれば……。

 ないものは仕方がない。るうは川上に駆け寄り、巻き付いている根を外そうと力を入れて引っ張った。

「んー! これ固い! ちょっと待っててね、りん君、すぐ助けるから!」

「素手じゃ無理だよ。俺のことはいいから、吹雪さんは逃げなきゃ」

「だめ! りん君置いて逃げるなんて……」

「いや、逃げて前原先生呼んできてくれたほうが」

「え? ……あっ、そうか、そうだね! 先生呼んでこなきゃ!」

 川上が苦笑する。

「うん。多分先生なら何とかしてくれると――」

 しかし、遅かった。

 伸びてきた枝がるうの胴に巻き付き、強い力で引き寄せる。川上がるうの腕を掴もうとしたが、掠っただけだった。

「吹雪さん!」

 るうの体が軽々と宙を舞った。

 

 

 視界がぐるぐると回っている。天地が引っ繰り返っていた。

 るうの体が樹上まで持ち上がる。

 川上の姿が随分と小さく見えることに気が付いた。このまま地面に落とされたら、確実に怪我では済まない。

 浮揚感の中、るうはぎゅっと目を閉じた。

――助けて……みーちゃん。

胴のあたりに強い力が入るのを感じた。今度は下へ引っ張られる。

「助けて、」

 

「――“発動”」

 

 

 

 るうの体が地面に叩きつけられる寸前、川上の耳はバリッ、と何かが割れるような音を聞いた。

 誰かが川上の横を通り過ぎていく。赤い光。

 

 佐久良椿だった。

 

 尋常ではない速さで魔物に接近し、落ちてくる るうの体を受け止める。かと思うと、るうを横抱きにしたまま、繋がっている枝を素手で掴んだ。

 バキッ、と大きな音を立てて枝が粉々になった。

「つ……椿ちゃん?」

 椿は答えなかった。別の枝が振り下ろされるのを、後ろに飛んで避ける。

 その足元で、また「バリッ」と音がした。地面を踏み込む力が強すぎるのだ。

 椿はるうを降ろすと、川上の拘束を難なく壊してしまう。

 やはり、素手だ。両腕に、血管のような赤い線が浮かび上がっていた。

 ぽかんとしている二人に、椿は視線を向けないまま「下がっていろ」と低く言った。

「すぐに済む」

 

 そう言い残し、椿は再び魔物に向かっていった。

 

 

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