第三章 発見

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 能力に目覚めたのは十年ほど前のことだ。

 

 佐久良家は代々魔法士の家系だった。その魔力傾向は、「能力系」。

 ――“血液変性能力”。

 自身の血液を操り、常人を超えた身体能力を持つ一族。

 故に父は厳しかった。物心つく前から訓練を受けていた。

 

 魔法士になるため。

 能力を引き出すため。

 一族の血に打ち勝つため。

 

 父は事あるごとに椿に言い聞かせた。己に克て、と。

 だから椿は耐えた。軍人である父の訓練は子どもの身には過酷なこともあったが、それでも耐えた。

 厳しい父だが優しくなるときもある。椿が言いつけられた訓練を見事に熟してみせると、そのときだけ、ほんの少し微笑んでくれた。

 己が何者なのか忘れるな、椿。佐久良家の血を使いこなせ。

 ――己に克て。

 

 

 

その父の左腕を椿が奪ったのも十年前だった。

 

 能力が覚醒したとき、椿はあれだけ言われていた父の言葉を忘れた。

 幼かった椿は力を暴走させ、結果父を傷つけた。

 全身の血が沸騰したように熱かった。この熱さを吐き出したくて、暴れた。自分のことも家族のことも取り返しのつかないほどに傷つけた。

 人の怒鳴り声。

 息苦しさ。

 血の匂い。

 鏡に映った自分の姿は、赤色に染まった両目、鋭く尖った爪。

 

まるで魔物だった。

 

 

 人に見られるのが苦手だった。特に、まっすぐにこちらと向き合おうとする目が。

 瑞樹は恐れを知らない人間だ。椿に向かって堂々と文句を言う。お前の態度が気に食わないとはっきりと示す。

 るうもまた、椿から逃げようとはしない。怯えながらも椿に手を差し伸べ、仲良くなりたいと恥ずかしげもなく口にする。

 仲良くなんかできない。

 椿は強くならなければならない。自分の力を制御しなければならない。

 己に克て、という父の言葉を、今度こそ守りたい。

 あのとき失ったものを取り返したかった。

 

 

 すぐに済む、と言った通り、椿はものの数分で魔物を一掃した。木の幹に拳を突き入れると、中で何かを握りつぶす。すると、暴れ回っていた枝も根も急に大人しくなり、端のほうからぼろぼろと崩れていった。

 椿は合掌すると、目を瞑って深く息を吐いた。

「――“解除”」

 両腕に浮き出ていた赤い紋様がすう、と消えていく。

 “発動”と“解除”の言葉で魔法を切り替える方法は、十年前の事件後、椿が考え出したものだ。完璧には程遠いが、これで少しは制御ができるようになった。

 ただ、持久力はほとんどない。

 肩で大きく呼吸する椿に、るうは駆け寄る。

「椿ちゃん! だ、大丈夫……?」

「……問題ない」

 支えようとする手を払い、椿は背筋を伸ばした。

「霧島は……一緒じゃなかったのか?」

「みーちゃんは今別行動中で……あっ、みーちゃんたちも魔物に襲われてるのかも! 助けに行かなきゃ」

 慌てる るうの肩を、川上が突っつく。

「向こうは大丈夫みたいだよ。ほら、見て」

 瑞樹たちがいる方向を見ると、動く木々は少なくなってきていた。時折、「おりゃー!」や「邪魔すんなゴリラ女!」といった声がこちらまで聞こえてくる。

「みーちゃんの声! 良かったあ」

「まあ、霧島さんは使役系だしね……佐久良さんも、能力系だったんだ」

 川上の言葉に、椿が「……まあな」と頷く。

「先生がたの説明に魔物討伐なんてなかったと思うんだけど、佐久良さん、どう思う?」

「第一チェックポイントでも、職員室から逃げ出したとかいう魔物が出てきた。予定外のことが起こっているようだな」

「レクリエーションは中止にならないのかな。魔法持ちじゃない生徒には危ない状況だけど」

「とりあえず、前原先生のところへ行ったほうが……っ!」

 椿が咳き込んだ。魔法を使ったせいで、思ったより体力を削ったようだった。

「椿ちゃん、どこかに座って休もう? 辛そうだよ」

 るうの手が椿の背中にそっとおかれる。

「平気だ、これぐらい」

「無理しちゃ駄目だよ」

 るうは庭園の隅に椿を連れて行った。そこにあったベンチに椿を座らせると、顔を近づける。

「顔色が真っ青……あたしたちを守るために戦ってくれたからだよね。ほんとにごめんね」

「……吹雪」

 るうの茶色の目が潤んでいた。光を反射して琥珀のようにも見えた。

 るうはベンチに腰を下ろすと、椿の右手を両手で握った。

「おい」

「冷たくなってる。寒くない? あたし体温高いから、もっとくっついていいよ」

「いや、だから大丈夫だ」

 そんなにくっつくな、と言いかけて椿は黙り込む。るうは椿よりも辛そうだった。

 魔法を使ったのは椿の意思だ。それで椿が傷ついても、るうや川上のせいではない。

 説明したかったが、言葉が迷子になった。

「椿ちゃん、ごめんね……でも、」

 るうは椿の黒い目を覗き込んだ。

 

「助けてくれて、ありがとう」

 

 

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