第二章 交流

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「第二チェックポイントは庭園になります。皆さん、見取り図は?」

「持ってます」

 瑞樹が差し出した学園の見取り図に、小林魔導師は懐から取り出したペンでさっと署名をした。ペンのインクが、仄かに光を放っていた。

「これを持って、庭園に向かってください。第二チェックポイントを担当しているのは、前原先生です。彼から、次の課題の説明を受けてください」

「はい!」

 るうと瑞樹、そして椿を送り出すと、小林魔導師は懐から水晶玉を取り出して、人工妖精を呼び出した。

『お呼びでしょうか、小林魔導師』

「職員室から逃げ出した魔物が見つかりました。他の先生がたへ伝言を。……それと、北原魔導師をこちらにお呼びしてください」

『はい、小林魔導師』

 人工妖精が翅を震わせて飛び去ると、そう間を置かずに、北原魔導師が資料保管庫に姿を現した。

 小林魔導師から事情を聞き、小さくなったトカゲを見ると、首筋を掻きながら「まさかとは思いますがねえ、」と息を吐いた。

「わたくしもそう思ったのですが……」

 小林魔導師は、北原魔導師の顔を見つめた。

「最近、生徒たちの間に広まっている噂をご存知ですか?」

「ええ。学園長についてのものでしょう?」

 北原魔導師には、大体の見当がついていた。

「学園長の仕業でしょうね。……あの方は、こういったレクリエーションがお好きですから」

 その言葉に、小林魔導師はこめかみを押さえて嘆息した。

「入学したての生徒たちに、魔物を差し向けるなど……一体、何を考えておられるのでしょう。吹雪さんが、たまたま照魔鏡を使えたからよかったものの、一歩間違えれば大変なことになっていました」

「あの方が、生徒たちの素質を試したがるのは、今に始まったことではないでしょう。将来、魔法士になりたいってやつらが、この学園には来ているんです。このぐらいのイレギュラーには慣れてもらわないと」

「北原先生までそんなことをおっしゃられては困ります」

 北原魔導師は笑って軽く手を振った。

「わかっていますよ。勿論、生徒の安全が第一です。それとなくフォローはします」

 それは、イレギュラーを防ぐ、という意味ではなかったが、小林魔導師もあえて咎めようとはしなかった。

 元魔法士という立場から考えてみると、北原魔導師の言うことにも頷けるところがある。

「では、レクリエーションは続行するということにいたしましょう。万が一の場合に備えて、全魔導師に連絡を。それから……」

「保健室にも待機するように伝えておきますよ。では、俺は持ち場に戻ります。そろそろ、第三チェックポイントに来るやつがいるかもしれない」

 北原魔導師は、小林魔導師のほうを向いたまま、一歩後ずさった。

 すると、その姿は空気に溶けるように消え去った。

 小林魔導師は、しばらく目を細めて同僚が消えたあたりを眺めていたが、踵を返して資料保管庫の中へ戻っていった。

 

 

 第二チェックポイントの庭園に向かいながら、瑞樹は満面の笑みで、るうを振り返った。

「すごかったな?」

 るうも、にっこり笑って頷いた。

「あたし、まだ心臓がどきどきしてるよ。魔法って、すごいね」

「これでるうも『魔法持ち』だな。道具系の魔法士かあ」

 この総合魔法学園では、高等部の生徒は、二年生になったときに、自分の魔力傾向に応じて専門科目を選ぶ。

 一年生のこの時期にそれが分かったことは、他の生徒より頭一つ抜き出たことを意味していた。

 るうは目をきらきらさせた。

「信じられない。あたしがそんな風になるなんて。中学校じゃ成績悪くて、何しても落ちこぼれだったから……」

「これからはそうはならないさ。よかったな、るう」

 くすぐったい気持ちで、るうは胸いっぱいになった。

 講義棟を回り込むように曲がろうとしたとき、それまで黙って歩いていた椿が、二人の背中に声をかけた。

「庭園はそっちじゃないが」

「え? あれ、そうだっけ?」

 瑞樹が見取り図を取り出した。

「魔法が使って嬉しがるのはいいが、浮かれるのは程々にしろ。レクリエーションはまだ終わっていないんだぞ」

「なんだよ。あんた、いちいち水差さないと気が済まないわけ?」

「調子に乗ると痛い目をみると言っているんだ」

 椿はふい、と視線を逸らす。

「調子にも乗るだろ。初めての魔法なんだから」

「自在に操ってこその、完璧な魔法だ。まぐれでは使いものにならない」

「お前なあ……」

 呆れた瑞樹が言葉を重ねる前に、椿は「先に行くぞ」と瑞樹とるうを置いて行ってしまった。

「かーっ、何だよあいつ」

「たった一回、使えたってだけだもんね……」

 るうは少し黙って、それから口を開いた。

「あたし、魔法が使えて、とても嬉しいよ。みーちゃんが、それを喜んでくれるのだって……でも、椿ちゃんには、そういうのがふざけて見えるのかも」

「でも、あいつだって『魔法持ち』のはずなのに」

 そう瑞樹がぼやいたのに、るうは驚いた。

「椿ちゃん、魔法持ちなの?」

「多分な。気づいてなかったのか? この前、もしかして佐久良が魔法持ちなのかって、川上に聞いてたじゃん」

「聞いたけど……でも結局、Aクラスの魔法持ちは雑賀君だけなのかと思ってた」

 瑞樹は、「あー、そうだっけ?」と頭を掻く。

「まあ、なんとなくだけどな。そうなんじゃないかって、気がしてるだけ」

「いつから気づいてたの?」

「あー、あの丸太小屋の補習があっただろ? そのとき、ちょっと話すことがあって……弦のこともあいつ、すぐに気が付いたし。そのときからかな?」

「弦ちゃん出したの? 喧嘩したの?」

「いやいや、そうはならなかったけど……」

 口ごもる瑞樹を、るうは横目で見る。

「しようとはしたんだ」

「結果的にはしてないから!」

 るうは一つ息を吐いた。

 浮かれるな、という椿の態度を思い出す。

「るう? どうした? 怒ったのか?」

「ううん、違うよ。――はやく椿ちゃんを追いかけよう。次の課題も頑張らなきゃ」

 二人は、足早になって第二チェックポイントである庭園に向かっていった。

 

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