第三章 発見
24
能力に目覚めたのは十年ほど前のことだ。
佐久良家は代々魔法士の家系だった。その魔力傾向は、「能力系」。
――“血液変性能力”。
自身の血液を操り、常人を超えた身体能力を持つ一族。
故に父は厳しかった。物心つく前から訓練を受けていた。
魔法士になるため。
能力を引き出すため。
一族の血に打ち勝つため。
父は事あるごとに椿に言い聞かせた。己に克て、と。
だから椿は耐えた。軍人である父の訓練は子どもの身には過酷なこともあったが、それでも耐えた。
厳しい父だが優しくなるときもある。椿が言いつけられた訓練を見事に熟してみせると、そのときだけ、ほんの少し微笑んでくれた。
己が何者なのか忘れるな、椿。佐久良家の血を使いこなせ。
――己に克て。
その父の左腕を椿が奪ったのも十年前だった。
能力が覚醒したとき、椿はあれだけ言われていた父の言葉を忘れた。
幼かった椿は力を暴走させ、結果父を傷つけた。
全身の血が沸騰したように熱かった。この熱さを吐き出したくて、暴れた。自分のことも家族のことも取り返しのつかないほどに傷つけた。
人の怒鳴り声。
息苦しさ。
血の匂い。
鏡に映った自分の姿は、赤色に染まった両目、鋭く尖った爪。
まるで魔物だった。
人に見られるのが苦手だった。特に、まっすぐにこちらと向き合おうとする目が。
瑞樹は恐れを知らない人間だ。椿に向かって堂々と文句を言う。お前の態度が気に食わないとはっきりと示す。
るうもまた、椿から逃げようとはしない。怯えながらも椿に手を差し伸べ、仲良くなりたいと恥ずかしげもなく口にする。
仲良くなんかできない。
椿は強くならなければならない。自分の力を制御しなければならない。
己に克て、という父の言葉を、今度こそ守りたい。
あのとき失ったものを取り返したかった。
すぐに済む、と言った通り、椿はものの数分で魔物を一掃した。木の幹に拳を突き入れると、中で何かを握りつぶす。すると、暴れ回っていた枝も根も急に大人しくなり、端のほうからぼろぼろと崩れていった。
椿は合掌すると、目を瞑って深く息を吐いた。
「――“解除”」
両腕に浮き出ていた赤い紋様がすう、と消えていく。
“発動”と“解除”の言葉で魔法を切り替える方法は、十年前の事件後、椿が考え出したものだ。完璧には程遠いが、これで少しは制御ができるようになった。
ただ、持久力はほとんどない。
肩で大きく呼吸する椿に、るうは駆け寄る。
「椿ちゃん! だ、大丈夫……?」
「……問題ない」
支えようとする手を払い、椿は背筋を伸ばした。
「霧島は……一緒じゃなかったのか?」
「みーちゃんは今別行動中で……あっ、みーちゃんたちも魔物に襲われてるのかも! 助けに行かなきゃ」
慌てる るうの肩を、川上が突っつく。
「向こうは大丈夫みたいだよ。ほら、見て」
瑞樹たちがいる方向を見ると、動く木々は少なくなってきていた。時折、「おりゃー!」や「邪魔すんなゴリラ女!」といった声がこちらまで聞こえてくる。
「みーちゃんの声! 良かったあ」
「まあ、霧島さんは使役系だしね……佐久良さんも、能力系だったんだ」
川上の言葉に、椿が「……まあな」と頷く。
「先生がたの説明に魔物討伐なんてなかったと思うんだけど、佐久良さん、どう思う?」
「第一チェックポイントでも、職員室から逃げ出したとかいう魔物が出てきた。予定外のことが起こっているようだな」
「レクリエーションは中止にならないのかな。魔法持ちじゃない生徒には危ない状況だけど」
「とりあえず、前原先生のところへ行ったほうが……っ!」
椿が咳き込んだ。魔法を使ったせいで、思ったより体力を削ったようだった。
「椿ちゃん、どこかに座って休もう? 辛そうだよ」
るうの手が椿の背中にそっとおかれる。
「平気だ、これぐらい」
「無理しちゃ駄目だよ」
るうは庭園の隅に椿を連れて行った。そこにあったベンチに椿を座らせると、顔を近づける。
「顔色が真っ青……あたしたちを守るために戦ってくれたからだよね。ほんとにごめんね」
「……吹雪」
るうの茶色の目が潤んでいた。光を反射して琥珀のようにも見えた。
るうはベンチに腰を下ろすと、椿の右手を両手で握った。
「おい」
「冷たくなってる。寒くない? あたし体温高いから、もっとくっついていいよ」
「いや、だから大丈夫だ」
そんなにくっつくな、と言いかけて椿は黙り込む。るうは椿よりも辛そうだった。
魔法を使ったのは椿の意思だ。それで椿が傷ついても、るうや川上のせいではない。
説明したかったが、言葉が迷子になった。
「椿ちゃん、ごめんね……でも、」
るうは椿の黒い目を覗き込んだ。
「助けてくれて、ありがとう」