第二章 交流
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レクリエーション当日、朝食をとった瑞樹は一旦寮に戻り、そのあと出発地点である校庭へとやってきた。自前の運動着に着替えている。
「わお、気合入ってますねえ、ミズ」
マスムラが囃したてた。
「念には念をって言うだろ?」
肩をぐるぐる回しながら瑞樹が笑う。
「るうはどこ行ったんだ?」
「さっきまでいたんですけどね。あ、ほら、あそこですよ」
マスムラが指差した方向を振り返ると、生徒たちの間を懸命に掻き分けようとしているるうがいた。
「ご、ごめんみーちゃん。ちょっとお手洗いに行ってて」
るうは人込みを抜けてほっと息を吐く。いつもは下ろしたままの髪をすっきりと一つにまとめていた。
「るーちゃんも準備万端ですね。似合ってますよ」
「ありがとマッスー」
るうは眠気を払おうと目蓋を擦った。昨夜はレクリエーションのことが気になってよく眠れなかった。
「マッスーのチームメイトはどうしたんだ?」
「いないんですよう、一人部屋なので。ミズのチームこそ、もう一人メンバーがいるんじゃないですか?」
瑞樹が鼻を鳴らす。
「さあな、今日はまだ会ってないな。Aクラスの秀才様にゃあ、レクリエーションなんて退屈すぎてやる気が起きないんじゃないの」
「そうですか。あいかわらず反りが合わないんですね」
「なにメモってんだマッスー。こんなことまでいちいち書くなよ」
手帳を取り出したマスムラは瑞樹の制止などどこ吹く風で聞き流し、最後までしっかりとペンを走らせた。友人のゴシップだろうが何だろうが、欲しいと思った情報は必ず手に入れるのがマスムラの流儀だ。見た目だけはとても華やかに笑ってみせる。瑞樹はやれやれ、と溜息を吐いた。
生徒たちの前に北原魔導師が現れた。二、三度手を叩いて注目を集め、それから講義棟の外壁にかかった時計を振り仰ぐ。
午前八時五十五分。
「えー、それでは、あと五分でレクリエーションを開始する。ルールは先日各担任が説明した通り、変更は無し。順当にいけば、昼飯前には全員すべてのチェックポイントをクリアして、ここに戻ってきているはずだ。質問がある奴は?」
誰も手を挙げないのを確認し、北原魔導師はぱちんと指を鳴らした。
すると、生徒の人工妖精たちが空高く飛び立ち、吸い込まれるようにして校舎のほうへと姿を消した。
「今日は人工妖精の案内は無しだ。何かあっても、チームで話し合って何とかしろ」
適当だな、と瑞樹が呟いた。
その声は半分笑っている。
「部屋の名前を呼ぶから、呼ばれた順から出発しろ。まあ、せいぜい楽しんでいけよ」
北原魔導師は名簿のようなものを取り出してそう言った。
るうは瑞樹を見上げる。
「どうしよう、みーちゃん。まだ椿ちゃんが……」
「おやおや? 噂をすれば」
マスムラがわざとらしく目くばせした。その目線を辿った瑞樹がいち早く前に出る。
「重役出勤たあ、余裕じゃねえの」
「……そういうお前は随分な気合の入れようだな」
瑞樹と向かい合い、椿は冷淡に返す。
「優等生が遅刻すんなよな」
瑞樹の服装を一瞥し、椿は「やる気があるのは結構だがな」と嫌に含みのある言い方をした。
「んだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「やる気ばかりあっても仕方ないだろう」
「足を引っ張るなって? それはお互い気をつけたいところだよな」
睨み合う二人を見て、マスムラがるうの耳元で囁いた。
「なんだか、前より険悪になってません? 気のせいですかね」
「気のせいだったらいいんだけど……」
昨晩の不安が息を吹き返す。こんなチームでやっていけるのだろうか、と。
でも、これはチャンスだ。
相手のことを知りたいと思うのなら、自分から踏み出さなければ。
マスムラがるうの背中をそっと押した。
「大変でしょうが、頑張ってね、るーちゃん」
「うん……ありがとうマッスー」
「それでは私はこれで。じゃあねミズ! 佐久良さんもまた今度取材させてくださいねえ!」
それだけ言うと、返事も聞かずにマスムラは人込みの中へと姿を消した。
「何だあいつ。とっとと行きやがって」
眉間に皺をよせたまま瑞樹が言う。
椿も不愉快そうにしていた。
「詮索癖は相変わらずか」
「何だって?」
再び言い合いを始めそうになったところに、るうは「あのねっ!」と割って入った。
「あたしね、レクリエーションすっごく楽しみにしてたの! 先生たちの魔法も見せてもらえるし、そしたら、自分がどういう魔力傾向に当てはまるのか、ちょっとは予想がつくんじゃないかなって」
瑞樹がぱちりと瞬きをした。
るうは両手でぐっと拳をつくる。
「みーちゃんは魔法持ちだし、椿ちゃんは頭いいし、あたしも負けないように頑張るよ」
そして椿に向き直った。
「あのね、椿ちゃん。あたし、精一杯足手纏いにならないようにするから、その、い、一緒に頑張ろうね!」
椿が るうを見つめる。
「言うだけなら誰にでもできる。それが罷り通ることもある。だが、この学園ではそうはいかない」
ざり、と椿の足元で砂が鳴った。るうは緊張で動けなかった。
「吹雪。今の言葉が虚言でないと、本当に証明できるのか?」
「で――できるよ」
これが第一歩だ。るうは殆ど挑むような気持ちで返事をした。
るうの勘違いかもしれないが、椿もどこか必死だった。証しを示せと椿は言う。
傲慢で臆病なやり方だ。
それを承知で、けれどもそれしかやり方を知らないのだ。
もう後には引けない。るうは椿から目を逸らさないようにするのに一生懸命だった。