第一章 入学

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 入学式の翌日、新一年生たちは健康診断に一日を費やした。それが終わった今日は、魔導師たちによる学校案内が行われる。るうと瑞樹は、ガーベラの和名を教えてくれたマスムラと一緒に魔導師の説明を聞いていた。

 職員室があり、広い講義室も狭い講義室もあった。面白いのは入り口のドアが部屋ごとに違うところだ。木製のドアもあれば、まるで牢屋の鉄格子のようなドアもある。生徒たちは手を触れてドアを開いてみたいという欲求と戦わなければならなかった。

「佐久良椿ですかあ」

 ドアを開こうとして、もれなく小林魔導師に叱責された男子生徒を横目に、マスムラは手帳を捲っていた。

「んー、確かこの辺りにメモしていたような……ああ、あった。佐久良椿。中学じゃ成績優秀、品行方正、優等生の鑑、なんて言われてたらしいですよ。入学試験もほぼ満点。奨学生ですね。惜しくも新入生代表の雑賀ユキには及ばなかったようですけど……それでもその優秀さを買われて、一年女子寮の寮長に選ばれてる……それは、るーちゃんもミズもご存じの通りです」

「優等生? あいつが?」

 不満そうな声を上げた瑞樹はマスムラを振り返った。

「あのヒステリーのどこがだよ。いっつもぴりぴり、せかせかしやがって。部屋で顔合わせても挨拶一つしないんだぞ」

「ふうん。プライベートじゃそんな感じなんですねえ。でもほら、先生がたには気に入られてるみたいですよ? 今日もああしてるわけだし」

 マスムラがちょいと指差す先には椿がいる。小林魔導師のすぐ横に立って説明を聞きつつ、女子生徒たちをまとめているのだ。遅れている者がいないかと、時折こちらに向けられる視線に引っかかる度、瑞樹は苛ついていた。

「そっかあ、椿ちゃん頭いいんだあ。確かにそういう雰囲気の人だよね」

 背伸びをして、椿の後ろ姿を覗き見しながらるうが言う。

 学園の中心部には、鐘楼がついた建物がそびえ立っていた。小林魔導師がいうには、その建物全てが学園長室なのだという。その隣には音楽室代わりのコンサートホールがきらびやかに立っていた。

「私ら、あんなでかい部屋でオーケストラでもやらされんの?」

 あまりの豪華さに瑞樹は呆れていたが、マスムラはまたぺらりと手帳を捲って言った。

「あのコンサートホール、以前、プロのオーケストラを呼んで演奏会をしたこともあるみたいですよ。他にも人気アイドルグループとか演歌歌手とか、色々芸能人も来てますねえ」

「わあ、すごいね! また誰か来るかなあ」

 るうは期待のこもった目でコンサートホールを見つめる。

「文化祭の時には来るかもしれませんねえ。ここの学園、そういうお金は惜しみなく使ってくれそうです」

「やった! ……でも、マッスーは何でそんなに色んなこと知ってるの? 椿ちゃんのこととか、学園のこととか」

 ガーベラの件もそうだが、マスムラは妙に物知りだ。何を聞いても明確な答えが返ってくる。

 マスムラはるうと瑞樹に片目を瞑ってみせた。

「性分ですかね」

「性分?」

「私以外、誰も知らない秘密って、ほんとたまんないんですよ」

 緩む口元を手帳で隠して、マスムラは楽しそうに笑った。

 

 

 昼休みに入ると、生徒たちは食堂に集まり始めた。売店にも、昼食目当ての生徒が出入りしている。食堂の入り口では、人工妖精が生徒たちに盆を配って飛び回っていた。

「みーちゃん、ご飯そんなに食べるの? 多くない?」

「おかわり自由って聞くとつい……」

 せっせとお茶碗に白米を山盛りにしていた瑞樹はるうの盆を覗き込む。大体瑞樹の半分ほどしかよそっていない。

「そんだけで足りるのか? 夕飯までもつ?」

「あたしはこのぐらいがちょうどいいの。みーちゃんみたいにたくさん食べてたらすぐ太っちゃうもん」

「あー、お前結構お菓子食べるもんなあ。私のデザートやろうか? 今日プリンだぞ」

「いりません! そんなこと言うなら、今度からみーちゃんにはお菓子分けてあげないから!」

 ぷいっとるうはそっぽを向いて、マスムラがいる席のほうへと歩いて行った。瑞樹もにやにや笑いながら後についていく。

 木彫りが施された椅子を引き、隣に座ったるうを見てマスムラが首を捻った。

「あらら、どうかしたんですか?」

「何でもない。あたし今日はマッスーと一緒に食べるんだから!」

 いただきます!とるうは手を合わせて食べ始める。瑞樹はそのるうの目の前に座って、何故かデザートから手をつけていた。 

「ごめん、ここ、いいかな」

 盆を片手に、一人の男子生徒が三人に声をかけた。るうの言葉を借りるなら、ちょっと頭の良さそうな雰囲気を漂わせている。

「他の席、どこも空いてないみたいで……相席していい?」

「いいよ。どうぞどうぞ」

 瑞樹が自分の隣の椅子を軽く引いてやる。男子生徒は礼を言って盆を置くと、食堂の中をうろうろしていた友人たちに向かって手を振った。

「海森ー、高槻ー、こっち空けてもらったぞー。あ、あと二人来るけど大丈夫?」

「いいっていいって。一年同士、こういうのはお互い様だよ」

「助かる。おれは川上臨。で、こっちが、」

 川上は人一倍背の高い体格のいい男子を指差す。

「海森鈴之丞。あともう一人が高槻拾なんだけど……あれ、海森、高槻は?」

「いるよ! 見逃してんなよ!」

 男子にしては高い声で、高槻という男子生徒は海森のすぐ後ろから顔を出した。体が小さくて陰になっていたのだ。

 マスムラがさっそく手帳を開く。

「へー、君たち、確かルームメイトでしたよね? 川上君、海森君、高槻君……ああ、やっぱり」

「やっぱりって? その手帳に書いてあるの?」

 川上が苦笑いしながら椅子に腰を下ろした。海森も高槻もそれに倣う。

 るうは食事の手を止めて、川上のほうへ少し身を乗り出した。

「マッスーは何でも知ってるんだよ。ほんとびっくりするぐらい」

「ああ、じゃあ、あのマスムラさん? 情報通って噂の。なあ高槻、確かお前そう言ってたよな」

 高槻はマスムラの顔を見ながら頷いた。しかし、マスムラの笑顔に肩をびくつかせる。

「そうだけど……何? 何なのその笑顔。こえーんだけど」

「失礼ですね、仮にも女子に向かって」

「女子っつーより、魔女みてーな笑顔じゃね? 子供捕まえて食ってそうな」

「よく言われます」

「よく言われんの?!」

 マスムラと高槻の掛け合いに笑いながら、瑞樹は川上を挟んで向こう側の席にいる海森の耳を指差した。

「それ、柔道か?」

「……ん?」

 海森は一拍遅れて瑞樹の問いに気が付いた。その耳は柔道家がよくなるように潰れて変形している。

「ああ……まあな。柔道だ」

「へえ、いつから?」

「小学校からやってたな。そっちは……あー……」

 海森がちらりと瑞樹を見る。 「霧島瑞樹だよ。こっちは吹雪るう。よろしくな。ちなみに私は剣道やってんだ」

「あ! あたしもちょっとだけなら合気道やってました……」

 おそるおそる付け加えたるうの言葉に、瑞樹が目を丸くする。

「へえ! こう言っちゃなんだけど意外だなー」

「う、うん。パパがね、自分の身は自分で守りなさいって言ってたから……でも続かなかったけど」

 合気道だけではなく、習い事なら他にも散々やらされていた。弓道、テニス、ピアノ、バイオリン。瑞樹がうげ、と舌を出した。

「そんなによくやってられたな。るうの親父さん、結構スパルタ?」

「全然! 色んなものに興味を持つ人だから、あたしたち家族もそれに付き合うって感じかなあ」

 るうはお茶の入ったコップを両手で持ち上げ、一口飲む。川上が感心したように言った。

「そんなに習い事の経験があるんだったら、どこか部活動に入ったりするといいんじゃない? 弓道部とかテニス部とかあったよね」

「そういや、午後からは自由見学だっけ。私も剣道部、見に行こうかな」

 瑞樹がにやりと笑う。

「よし、そうしよう。るう、マッスー、いい?」

 マスムラは「いいですよお」とあっさりと了承したが、るうは瑞樹のその笑い方が少し気になった。

「見学に行くんだよね? みーちゃん」

「ん? そうだよ、ちょっと見学に行くだけですよお」

 急に機嫌がよくなった瑞樹はマスムラの口調を真似してみせる。腑に落ちないが、でもそう言ってるんだし……、と口をつぐんだるうに代わって高槻が半目になって言った。

「いや、どう見てもなんか企んでるだろ。魔女顔になってんじゃねーか」

 

 

 

(川上臨:かわかみのぞむ、海森鈴之丞:うみもりすずのじょう、高槻拾:たかつきひろい)

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